2011年10月25日

一期一会


 無常を説きつつも日頃は日常性にどっぷり浸かっているので、自分自身の二面性、理不尽さにほとほと呆れている。昔は昔でその理不尽さにも気付かずにいたわけだから、今はまだマシともいえる。
 されど過去にはこうした日常性に生きつつも、無常観をしっかり保って過ごした達人達がいる。出家者であろうが在家であろうが、無常と日常を融和させた生き方に目覚めた人たち。己の存在を透徹した視点で捉えながら、世間を決してないがしろにしない、そんな達人の歩みを遥か遠くから今もただ眺めているばかりである。

 そうした達人のお一人であり、私の憧れのようなお方であるゲツェ・リンポチェが9月の末から8日間ほど観音寺にご滞在された。この寺でのご滞在も4度目であり、リンポチェも私もすっかりお互いに馴染んで楽しい時を過ごした。その数日間この寺は日本の寺でありつつも、チベットの僧院でもあった。あるいはかつてのインドにおける大乗仏教寺院の香りに包まれたといってもいい。平成時代の観音寺が遠い昔のインドの寺に旅をするような感じである。


 この悠久さに満ちた雰囲気は何なのだろうと、リンポチェを初めてお招きした時に抱いた思いであった。その思いは今回さらにより強くなった。ある人は「懐かしい洞窟のような匂いがする」と私に表現したが、それは私の思いとも重なる。

 リンポチェがご滞在する時には、次回の約束や潅頂などのご相談をしてきた。それはこの寺にとってのひとつの目標であり、私の励みであった。しかし今回、私はリンポチェと「次の一手」を相談していない。リンポチェはこう言った。「私はもう歳をとった、もうこれからは静かにひとり修行に入らねばならない」と。リンポチェは御歳57歳である。今の日本人からすれば57歳は働き盛りの男であり、ひたすらに高齢化社会、平均寿命世界一を更新し続ける尺度では57歳は若いとされよう。きっと中にはこのリンポチェの発言を聞いて冗談だと笑う人もいるかもしれない。でも私には笑えなかったのである。リンポチェは真摯な態度で、そう仰せになったから。

 思えば弘法大師も50代には京の都を辞して、ただただ高野山で修禅の生活に入りたいと切望され、事実高野山でほとんどお過ごしになった。その後の真言宗史においても後半生は隠居して過ごした先師は多い。それは体力的に衰えたから隠居するのではなく、余力をもって隠居する違いがある。私たちに与えられた人生の時間は長いようで短い。まして仏教というかけがえのない生き方に出会ったならば、なおのこと善業を積める機会の稀なることを知ろう。それは前世から今世、今世から来世に渡る大切な橋になる。リンポチェは今もなお一年の半分を単独の修行にあて、残りを海外での教化に向けられる。この自利と利他の振り分けは現ダライラマ法王から直接のご指示と聞く。その振り分けももうそろそろとお考えなのだろうか。自利も利他も円満になったご自身の大団円を深くみつめているのだろうか。
 私たちの日常は常に一期一会であり、それが無常というものである。ここ何年間、私はリンポチェには次も必ず会えるという大きな思い込みをしてきた。会えばまたその大きな包容力に触れることができると。けれどもそれはひとつの見当違いである。私とリンポチェには仏縁があることに違いはないが、それは一期一会の流れから生まれ出た仏縁なのだ。そのリンポチェの歩む道を、覚者への大道を、私があれこれと申し上げることはできない。またお越しいただけるのであればこれに勝る喜びはなく、心から歓待申し上げたい。一期一会の喜びとともに。

 余韻.JPG
 この写真はリンポチェが観音寺を発たれた翌朝の様子である。リンポチェがご逗留時の部屋は決まっている。まだ暗いうちにリンポチェが唱える真言が部屋の奥から聞こえ、その声を拝しながら私は朝の勤行に向う毎日であった。大切な方が去った後はすぐには片付けや掃除をしないのがチベットの風習らしい。私たちは今回もそれに倣った。その後リンポチェは10月18日に離日された。空港にお見送りに私は家内と出向いた。お互いに大きく手を振ってお別れをした。何度も何度も手を振ってお別れをした。またお会いしたい、その時もまた一期一会の思いで。翌19日、あの部屋はまた新たなお客のために調えられた。微かに洞窟の匂いを残しながら。


posted by kannon at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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